秘密の地図を描こう
28
ラウの部屋から出た瞬間、唇から深いため息がこぼれ落ちた。どうやら、予想以上に自分は緊張していたらしい、とそれでわかる。
「大丈夫かね?」
ギルバートがそっとキラの二の腕を支えてくれた。
「はい」
苦笑とともにキラはうなずく。
「少し、緊張していたようです」
あそこまでいやがられるとは思わなかった。言外にそう付け加える。
「大丈夫だよ。今は混乱しているのと、すねているだけだから」
しかし、ギルバートの返事はキラが予想していないものだった。
「……すねている、んですか?」
何か、ラウのイメージからはほど遠いセリフだ、と思う。
「そう。案外と子供っぽいのだよ、彼は」
だから、許してやってほしい。そう言われて、キラは小さくうなずく。
「ならば、君も休みなさい。あまり顔色がよくない」
キラの体も、まだ、気を抜くには早すぎるのだから……と彼は続けた。
「はい」
確かに、ここで倒れるわけにはいかない。そんなことになれば周囲の者達に迷惑をかけてしまう。
そう判断をしてキラは小さく首を縦に振って見せた。
「思い違いをしてはいけないよ。私がそう言ったのは君が心配だから、だ。君が寝込んだところで迷惑だとは思わない」
そのくらいのことは何でもないことだ。ギルバートはそう言って微笑む。
「……そうなんですか?」
「そうだよ。だから、かまわずに迷惑をかけなさい。君もレイもあまり迷惑をかけてくれないからね。少し物足りないくらいだ」
一番迷惑をかけてくれるのがラウだというのは問題だと思うが、と彼は笑みに少し苦いものを混ぜる。
「それも、彼が気を許してくれると言うことだね」
だから、かまわないよ。その言葉をどう受け止めていいのだろうか。キラは悩んでしまった。
はっきり言って、今すぐ逃げ出したい。だが、そんなことをすれば、さらに怒りに拍車をかけることは目に見えていた。
かといって、このままではいけない。
「あのな、イザーク」
おそるおそる声をかけた。
「……もう一度言え」
そうすれば、彼は即座にこう言い返してくる。
「ひょっとしたら……ひょっとしたら、だけどな。キラがアカデミーにいるかもしれない……」
おそらく、寮に……と小声で続けた。
「ニコルがやたらと《アカデミーの幽霊》について言ってくるからさ。本当にそんな噂があるのかって調べたんだが、ないんだよ」
それで逆に興味を持ったのだ。だから、いつからニコルが言い出したのかを確認したら、ちょうどキラの行方がわからなくなった頃に符合する。
「ひょっとしたら、あいつらは何かを知っているのかもしれない。だが、口止めされているのかなって」
思ったんだけど、と付け加えながらイザークを見つめる。
「……それを、何故、今言うんだ?」
と言うよりも、何故、もっと早く気がつかなかった? と彼はにらみ返してきた。
「じゃ、聞くけどさ……お前だったらニコルの言葉とキラを結びつけられるわけ?」
こうなったら、先にキれた方が勝ちではないか。そう考えてこう聞き返す。
「しかも、相手はあのニコルだぞ? 裏の裏まで考えないと後が怖いじゃねぇか!」
違うのか? とさらに言葉を重ねる。
「それとこれとは別問題だろうが!」
即座に彼も怒鳴り返してきた。
「可能性があるなら、何故、相談しない!」
「だから、気づいたのが最近なんだって」
文句は思わせぶりなニコルに言え! と怒鳴り返す。
「第一、お前のことだ! 不確定な情報を教えたと言って怒るだろうが!」
さらにこう付け加える。
「……俺はそこまで短気ではないぞ」
気に入らないという表情でイザークは言う。
「今は、な。それでなくても、お前、キラのこととなるとぶち切れるだろうが」
ため息混じりにそう言い返す。
「……ともかく、だ。連絡ついでに確認しようと思うんだが、許可はもらえるのか?」
だめなら、今度、本国に帰ってからになるが……とディアッカは言う。
「わかった。許可をしてやる」
だからきっちりと片をつけろ。イザークは言葉とともに腕を組む。
「了解」
もっとも、相手次第だけどな……とディアッカは心の中で呟いていた。